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オシロスコープの修理 HP54522A編

古いけど帯域500MHzで2GS/sと悪くないスペックのこのオシロ(画像下)、ジャンク価格なのは訳がありました。5分も使うとch1のアッテネータがおかしくなり、特定のレンジで変な振幅のAC結合みたいになってしまうのです。トホホ。。。

このまま2chだけで使っても良いくらいの価格なのですが、それではジャンク屋のオヤジに負けたようでやはり悔しい。と言うことで修理することにしました。
ここにはオシロスコープの画像があります。
症状と垂直軸の倍率ゾーン分け、リレーの切り替え音などから、このオシロのアッテネータには1/5と1/25があって、それぞれ使用不使用の組み合わせでx1、x1/5、x1/25、x1/125を構成していると予想。その中で1/25のアッテネータ部のどこかが熱で不安定になっている様だ・・・とここまで考えて分解に着手。



ここにはオシロの画像があります。
良くあるオシロと同じ構造で、脚を4個外すとケースが後ろに抜けてきます。その後は高そうなコネクタを外してプラモデルのランナーの様な安っぽい棒を2本抜くと電源が外れて写真のようなマザーボード?が見えてきます。電源交換なら30秒で出来ます。非常にシンプルな構造です。

画像上に3個並んだ金属の箱がアッテネータです。その下に2個だけ装着されているヒートシンクが、アンプかA/Dコンバータみたいです。



ここにはオシロの画像があります。
これが問題のアッテネータユニット「54512-63402」です。純正品を買うと1個がUS$1,535.00!!もしますから絶対に買えません。

HPは太っ腹で外部トリガにも同じアッテネータが装着してあります。最悪はこっちと交換しようと思いながらもアッテネータ本体を分解します。



ここにはオシロの画像があります。
中には「1NB7-8303」というセラミック?基板が入っていました。予想通りに50Ω/1MΩの切り替えを入れて3個のリレーがあります。コイルが各2個なのでちょっと特殊なリレーかもしれません。

ここにはオシロの画像があります。
「1NB7-8303」の裏面です。画像右端の金属板が入力で、BNCコネクタの中心電極と接触する構造になっています。こんなんで大丈夫?と思ってしまいますが、入力抵抗が1MΩの世界なので影響ないのでしょう。でも50Ωの時が気になるので綿棒で磨いておきます。

赤丸6カ所がリレーのコイル端子です。画像上側の3個が連結されていますが、GNDには落ちていません。画像下側の3個は個別になっています。動作電圧は12V程度で、コイル駆動電流を上から流すか下から流すかで動作方向が決まります。動作した後は電源を切っても保持する構造です。

青丸が50Ωの終端抵抗。画像右下の黄緑の区画が1/5のアッテネータで左上の黄緑の区画が1/25のアッテネータになっています。アッテネータ部にはチップ部品すら無く、セラミック板上に印刷したナスカの地上絵的なパターンが全てです。

2段のアッテネータを通過した信号は左側の区画に入ります。この部分は上面もセラミックの板で覆われており、何をしているのかすら解りません。さらに細かい分圧抵抗の区画かプリアンプ的な部分ではないかと思いますが、今回は修理が目的なので知的好奇心は後回しです。



ここにはオシロの画像があります。
不具合部分と思われる接続部です。金箔としか思えないほど薄ーーいパターンに、リレーの端子が「銀粘土」の様なもので接続してありました。リング状のクラックが見えます。この部分が加熱されると接触不良になり、適当なコンデンサとして働くためにいい加減なAC結合的な波形になっていたのでしょう。

この部分には半田は乗りませんし、軽くバーナーであぶっても溶けません。しかもかなり硬いです。ヤスリの先端でいじっているとポロッと取れてしまいました(笑)。

画像左上は細い金色のパターン上に青い保護塗装と思われる被膜が被さっています。画像右下は単純なパターンではなくて抵抗です。拡大してみるとレーザートリミングと思われる焦げた細い切り込みが数本入っており、その上を黒っぽい保護皮膜が覆っています。アッテネータの抵抗部も全て同様の構成です。



ここにはオシロの画像があります。
修理途中のアッテネータ基板です。はげたパターンは細い銅線で繋ぎ、パターンが生きている所はリレーの端子と半田付けします。リレーの端子は細いうえに基板とツライチなので非常に作業が難しいです。

自分の半田付けは下手じゃないと思っていましたが、今回の作業はすごく難しいです。見栄えは滅茶苦茶です。でも16万円16万円とつぶやきながら作業します(笑)。

出来るだけオリジナルパターンと同じ幅の線材をつかいインピーダンスが狂わないようにします(きもちだけ・・・)。それとこの基板上はMΩの世界なので、汚れによる抵抗変化には気を付けます。シンナーやアルコールなどその辺にある溶剤でごしごしやって汚れを取ります。

完成したので組み込んでみると動作しました。セルフチェックも全部パスするようになりました。サービスマニュアルの要領に則って校正済みのマルチメータで各レンジを確認し校正データをRAMに書き込みます。全てのレンジで基準内に入っています。

簡易ではありますが自社校正の完了です。セルフチェックが全部通って、素性は知れないけど校正結果が記録してあるこのクラスのオシロだとウン万円では買えません。大成功です、ハハハ。


今回の作業で思ったこと、それは基本構想の割り切りの凄さです。

外部入力にもch1と同じアッテネータが使ってあります。この機種に存在しないch3やch4にもパターンがありますし、ICやコネクタまで装着済みです。ケースにも穴が開いています。前面の化粧銘板を張り替え、アッテネータとA/Dコンバータをさし込み、ファームウエアを入れ替えればそのまま4ch機になると思います。

私も含めて日本でこういう設計をした場合、許す上司は皆無では無いでしょうか。外部入力には安いアッテネータを使うし未使用部分には部品など装着しません。共通化と言いながらも目先のコストダウンのために細かい仕様違いを作る傾向があるように思います。

さらに凄いのは構造の単純さとビスの共通化です。ここまでの作業はT10のトルクスドライバ1本だけで済んでしまいました。後日分解したLEADERのオシロでは何カ所も半田付けを外す必要がありますし、基板の数も数倍違います。同じ給料のサービスマンであれば、LEADERのサービスマンは残業する必要があるけどHPのサービスマンは昼前に帰って娘と買い物に行くでしょう。

このオシロを見ながら思いました。こういう国と戦争をしても勝てないと。戦場で我々が零戦を1機整備する間に相手は不細工な機体を20機くらい整備するでしょう。我々と彼らの宇宙船が同じトラブルを起こした場合、彼らは何とか修理して大気圏突入に間に合うけど、我々の修理は間に合わないでしょう。

こういうカルチャーショックは、初めてAT互換機とPC98を比べたときや2x4住宅の存在を知ったときに似ています。アメリカ人の考え方は好きになれない部分も多いけど、学ぶべき部分も多いです(^^)。


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